記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

現下の能力よりも重要なもの:ヴィゴツキーが見た発達の可能性

 回は,ヴィゴツキーによる発達の最近接領域の話題の続きです.

 回の話が,「発達の最近接領域」という言語を伴って,授業における指導法に絡めた一般的な話題になります.

 ィゴツキーは,前回の説明で例示した2人の子どもについて,8歳の問題を解いたことから同一の知能水準であるけれども,「発達状態も一致していると言えるか」と自問し,「明らかに違う」と自答しています.

 かに下の図を見ると,8歳としては同一の知能水準と言えます.しかし,AとBの子どもが知能に関してどれだけ発達しているかは,ⒶとⒷを見ると明らかとなります.当然,Ⓑの子どもの発達が進んでいますよね.

 ィゴツキーは,AとBの子どもの知能水準が,8歳現在でほぼ同じであるということよりも,ⒶとⒷのようなそれぞれの子どもの発達の最近接領域の違いに注目しているのです.この違いが,AとBの子どもの「学習の相対成績」に現れると説いています.このことを次のような言葉で示しています.

「発達の最近接領域は,発達の現下の水準よりも,知能の発達や成績の動態により直接的な意義をもつ」

「思考と言語」の記述をもとに作成した発達の最近接領域の説明図

 ィゴツキーは次に,発達の最近接領域について言及しています.つまり現下の知能の発達水準よりも,ⒶやⒷといった発達の最近接領域が重要であると述べて,そのための共同学習において,友達や教師などからの助けがあれば,子どもは自分一人でするときよりも多くの問題や解決が困難な問題を解くことができるということは,議論の余地はないとまで言い切っています.

 のことだけからしても,共同で学習させることには意義があると言えそうです.

 かしヴィゴツキーは,ある子どもを共同で学習させることで,その子が得た解答を「非自主的解答」と呼び,それは知能発達の指標や兆候にはふつうはならないだろうと述べ,そのような学びを「模倣」と称し,古い心理学の常識からは,模倣は機械的な活動と見る考えが根付いていると述べています.

 して,模倣は誰にでもできることですし,教えてもらいながらの学びでもあり,自分の知識については何も利用することもないので,発達状態を表すことは決してできないということがこれまでの常識であったとしています.

 ころが,ヴィゴツキーは,このような考えは間違っていると否定したのです.つまり,子どもは自身の知能の利用可能な領域内にあるもののみを模倣することができるということを主張しました.

 まり,自分よりも能力の高い人からの支援を受けて学ぶときには,自身のスキーマにある知識が使える時に,模倣することができるということになります.

 た,教える立場の人からは,相手のスキーマを考慮しながら指導することが重要であることが分かります.これは,教師としての指導においても同様で,以前にもこのブログで述べたとおりです.

 すから,学校教育においては,教える立場も習う立場も同じ児童であることが理想的であると言えます.なぜならば,同じ児童同士は,互いにどのようなスキーマが形成されているか(=どのようなエピソード記憶や意味記憶を保持しているか)などは既知であるからです.

 ィゴツキーの発達の最近接領域の理論については,ここで終了して次に移りたいと思います.