記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

ことばが思考を導くとき:書き言葉と自己中心的言語の教育的意義

 2026年になりました.今年もよろしくお願いいたします.

 ころで,皆さんは1月7日(水)にNHKで放送されたクローズアップ現代最近,手書きしていますか? 最新研究が明かす"頭を動かす力"」をご覧になったでしょうか.

 校現場に限らず様々な領域でデジタル機器が浸透して,人間の書く能力が低下している現状が指摘されています.この番組は,手書きの重要性について再認識できる内容となっています.番組の途中でビデオ出演されている東京大学酒井邦嘉さんですが,ご専門が脳機能解析学と言語脳科学ですので,以前から先生のご研究には注目していました.

 の研究で使用している「記憶再生マップ」も手書きなので,その効果はこの番組で糸井重里さんらが語られている内容とかなりの部分で親和性があります.

 組の内容を簡単に書くと,次のようになります.

  • 手書き離れの影響スマホやPCの普及で「漢字が思い出せない」「字が下手になった」と感じる人が増加.研究では,手書きの減少が学力や認知機能の低下に関係する可能性が示唆されています.

  • 世界の動きスウェーデンなどでは,教育現場で再び「紙と鉛筆」を重視する動きが進行中.デジタルと手書きのバランスを見直す流れが広がっています.

  • 脳科学の視点:手書きは「マルチモーダル」な脳の働きを促し,記憶や思考の整理に効果的.MRI研究でも、紙に書くことで記憶の定着が高まることが示されています.

  • ジャーナリングの実践:社会人が「書く習慣」として取り入れる「マインドフル・ジャーナリング」も紹介され,思考の整理や自己理解に役立つと注目されています.

 回のテーマは,書き言葉自己中心的言語についてです.最初に書き言葉については博論では,ヴィゴツキーの考えを取り上げています.書き言葉はヴィゴツキーによれば,「通常の言語活動から切り離されたイントネーションを持たない言語であり,具体的な会話場面なしに行われる言語として,例えば,話し言葉を算数に例えるならば,書き言葉は代数と同じ関係にある」と指摘しています.

 の言葉の意味は,算数に例えられた話し言葉は,目の前に相手がいるので表情や声のトーン(イントネーション)で意味を捉えることができます.「これ」や「それ」,「あれ」などの曖昧な言葉も,相手と状況が共有されていれば意味が通じることになります.

話し言葉による会話 (生成AIによる図)

 かし,代数に例えられた書き言葉は,相手が目の前にいないので,状況が共有されないために,全てのことを明確に,また,論理的に書かないと意味が伝わりません.さらにイントネーションや表情の情報が使えないので,文章の構造や文法,語彙選びがとても重要になってきます.つまり,代数のように抽象的で一般化された表現が求められます.

書き言葉の記述 (生成AIによる図)

 れまで私たち教師は,一見簡便と思われる思考の表現として書き言葉を児童・生徒に要求してきましたが,実は難しい学習行動だったようです.

 

 は自己中心的言語についてです.博論では授業における思考活動について次のような考察をしています.

 習における思考活動において,ヴィゴツキーが「真の意味の思考になる」と述べた自己中心的言語は,生理学的には外言であるが発話の対象を自己の外に置かないことから内言であるという.つまり,このとき児童は,自分のために発話しているのであり思考しているのだ.また,学齢期の児童は内言を思考の手段として利用することが可能となる時期でもある.従って,学習の過程においてこの思考過程を仕組むことが大切であろう.・・・・(A)

 た,我々は心象によって思考する.真の意味での思考の転写は,自己中心的言語によって発話され,それをもとに描かれる心象のみである考えられる.従って,記号ではなく絵図による表出を児童の活動に仕組まなければならない.そして,その事を経て児童は思考の結果を記号化する.・・・・(B)

 れらの内容で,今回は(A)について解説します.ヴィゴツキーが言う「真の意味での思考」とは,これまでにお話しした「ことば(言語)と思考の関係図」で言えば,

ヴィゴツキー著,「思考と言語」よりFurukawaが作成した関係図 (無断転用を禁止します)

ピンク色の部分となります.つまり言語的思考が真の意味での思考であると述べています.ではなぜヴィゴツキーが,このような主張をしたのかを考えてみましょう.

 ィゴツキーの著書「思考と言語」(日本語訳本)で,このことが記述されているのは,p133 L1~L4です.

「自己中心的ことばの問題にたち帰るなら,われわれは,明らかに自己中心的ことばは,純粋に表現的な機能放電の機能のほかに,子どもの活動にたんに同伴するということのほかに,きわめて容易に真の意味の思考となるということ,すなわち計画的操作の機能行動のなかで発生した新しい問題を解決する機能をはたすということを言わなければならない.」

 の文章を一つ一つ考えていきます.主語は自己中心的ことば(言語)です.自己中心的ことば(言語)とは,前回の記事で女子児童が呟いていたあの言葉です.これは主に「呟き」という形態で発話されます.ですから表現的な機能としては,その時の気持ちが素直に出てきます.例えば,「えっ」,「そうか・・・」,「あ~あっ」,「なるほど」などの感嘆の表出のことを述べています.

 れと似たものに放電の機能があります.心理学で言う放電は,心の緊張やストレスを軽減するための身体の作用で,「呟き」によってネガティブな考えを捨て去るなどはこれに当たると思います.例えば「くそっ!」という呟きを発して,次の行動に移るときや,「しかたないなぁ」と呟いて,もっと先の行動に目を向けるなどのことです.

 どもの活動にたんに同伴するとは,小さな子供が何かぶつぶつ言いながら遊んでいる時の「ぶつぶつ」を指します.

 ィゴツキーは,これらの事の他に自己中心的ことばがきわめて容易に真の意味の思考となると述べています.「容易に」かどうかは,議論の分かれるところでしょうが,ヴィゴツキーが「容易に」の前に「きわめて」と言っている意味は大きいと考えます.自己中心的ことば(言語)を発話すること自体に,意味を見出したのかも知れません.それは,自分自身に向けられたことばなので,自身にフィードバックされて入力される訳です.例えば,何かの問題について「これはどういうことか・・・」と呟いた矛先は自身に向けられるので,さらに思考が継続します.何かの問題点の解決策を考えている時に,思いついた策を呟くことで,自身に対する解決策について,一層と思考が深まるかも知れません.

 ィゴツキーは,この後,「すなわち」と続けています.ここが重要な箇所です.それは,計画的操作の機能です.この部分の解釈で生成AIを使ってみましょう.どのように説明するでしょうか.真の意味の思考」という部分の解釈が肝です.

 最初にCopilotの解釈です.

 この一節でヴィゴツキーが述べている「計画的操作の機能」とは、子どもが自己中心的ことばを使うことで、自分の行動を意図的に調整・制御し、新たな課題に対処する力を発揮するという意味です。

 つまり、自己中心的ことば(子どもが独り言のように話すこと)は、単なる感情の発散や行動の伴奏ではなく、思考の道具としての役割を果たしているということ。子どもはこの言葉を通して、自分の行動を「計画」し、「操作」し、目の前の問題をどう解決するかを考えているのです。

 たとえば、積み木で遊んでいる子が「こっちに置いて…次は高くしよう」とつぶやくとき、それは単なる独り言ではなく、自分の行動を導く内的な思考プロセスが言葉として現れている状態。ヴィゴツキーは、こうした言葉の使い方が、やがて内言(内なる言葉)へと発展し、より高度な思考の基盤になると考えました。

 次にGemini3の解釈.

 1. 「放電」から「手段」への転換
 初期の自己中心的ことば(独り言)は、驚きや不満などの感情を吐き出すだけの「放電的」なもの、あるいは行動に付随しているだけの「伴奏」のようなものです。 しかし、子どもが何らかの困難(例:絵を描いている時に鉛筆が折れる)に直面したとき、ことばの性質が変わります。「どうしよう?」「あ、あっちのを使おう」と独り言を言うことで、ことばは「問題を解決するための手段」へと変貌します。

 2. 「計画的操作」の具体的な意味
 「計画的操作」とは、未来の行動を頭の中で組み立て、自分自身の振る舞いを規定する機能です。

 以前: 行動が先で、ことばは後からついてくる(または同時)。

 計画的操作: ことばによって「まずAをして、次にBをする」という設計図を頭の中に描き、それに従って体を動かす。

 つまり、ことばが「行動の設計図」になることを指しています。

 3. 外的言語から内的言語への橋渡し
 ヴィゴツキーはこのプロセスを、「思考の知性化」のプロセスであると考えています。 自分の外側に向けて発せられていた「独り言」が、問題を解決するために「自分自身へ向けた指示」へと変わる。これが後の「内言(頭の中の声)」となり、私たちが大人になってから行う「論理的思考」の基礎になります。

 解釈のまとめ
 この一節でヴィゴツキーが強調しているのは、「独り言は無意味な未熟さの表れではなく、子どもが自分の意志で行動をコントロールし、論理的に問題を解こうとする『思考の誕生』の瞬間である」ということです。

 のような真の意味での思考は,前回(12月12日投稿)の女子児童の事例でお話をさせていただいた「熟考」に至る思考です.学校現場の授業をみると,様々な工夫がなされた授業が展開されていますが,指導すべき内容と指導時間との兼ね合いもあり児童・生徒が熟考する機会はあまり無いのではないかと感じています.

 考は言語的思考を伴いますので,脳内には言語が出現します.上の関係図ではピンクの部分ですが,それは誰かと会話するためのものではなく,自身に向けられていると考えることが重要です.ですから,誰かの発話・発言は,その人の思考の結果としての空気振動ということになります.従って,他者の発話・発言は,その人の過去の思考の結果であり,その意図を伝えるための作戦であり,それを読み解かなければ分かりません.

 た,生成AIの解説を読まれてピンとこられたと思いますが,文科省が言う自己調整学習との関係があります.簡潔に言えば,自己調整力を高めるためには,自己中心的言語を利用する熟考に自分自身を置かなければならないと言うことになります.このことは,文科省等の説明では,触れていないようですがとても重要なことですが,実践はしやすいと思います.

 回も長くなりました.次回は(B)について説明します.丁寧にお読みいただきありがとうございました.