今回から数回は「5. ヴィゴツキーに見る概念形成」について解説していきます.レフ・ヴィゴツキーは,ロシアの心理学者として非常に有名で,これは彼の代表的な著書です.

この中で論じられている概念に,外言と内言があります. 外言は音声言語でもあり,他者に向けられコミュニケーションに利用される言語で,ジェスチャーや手話も外言と考えられます.一方で内言は,頭の中で発せられる言語です.
外言や内言について,多くの人が説明をしています.次のブログもその一つです.参考になさって下さい.
次は博士論文(青色文字)の記述の一部です.なお,赤色文字は解説です.
5. ヴィゴツキーに見る概念形成
人間の思考については多くの先達の示唆を読み解く必要があるが,その中でも心理学者ヴィゴツキーは著書「思考と言語」において多くの示唆を残した.
この中で注目すべきは,「内言」である.内言とは,言語音として外に出ない自己に向けられた言語であり,思考のための手段である.
これまで多くの心理学者は内言と思考を同一視していたが,ヴィゴツキーはそのように捉えてはいない.
彼は,外言(言語音)から内言への移行の中間にピアジェの言う自己中心的言語を置く.
そして,それはきわめて容易に『真の意味の思考となる』 と述べている.
⇒ピアジェは,この自己中心的言語を「本質的には何も変化を与えるものではない」と述べています.このことは「思考と言語」p56 L2~3に書かれています.
⇒ヴィゴツキーは,これに対する反論をp59 L13~16で行っています.
つまり,外言―自己中心的言語―内言という発話機能(内言においては,それが発せられることはないが)において思考と直接結びつくのは,自己中心的言語と内言であるとし,内言に媒介された思考を言語的思考と呼び,知能に媒介された道具的技術的思考と区別している.
⇒このことを説明する適切な図が無かったので,Googleが開発したマルチモーダルAIモデルのGeminiを使い,ヴィゴツキーの言語発達に関する考えを次のような図にしました.

つまり,体系化された科学的概念を教授する学校における学習での,本当の思考のためには言語音として外に出ない自己に向けられた言語である「内言」を手段としたり,「自己中心的言語」を手段としたりする活動を仕組む必要があると言うのである.
⇒この文章をお読みになっている皆さんは,脳内で言語によって思考されているはずです.言語的思考ですね.
⇒この場合は,このブログの記事を読むという行為が原因となって思考活動が誘発されました.
⇒ヴィゴツキーは,幼児や児童に少し難しい課題を与えることで,自己中心的言語が誘発されることを確認しています.「何これ?」「どうして?」「どうしようかな」など色々です.
⇒このことは大人であっても,難しい本を読んだり,解決が困難な課題について考えることで,自身の内部から自然と言語が発生することを確認することができます.普通は,そのことを「呟き」と呼びます.例えば「あぁ」「えっ」「そうだっけ?」などの音声言語がポロリと出られた方もいらっしゃると思います.
⇒授業の究極的な姿として一般的に考えられているのは,課題解決をするために授業の終盤で他者とのコミュニケーション活動を仕組み,得られた解決方法を発表し合うという授業展開があります.私も現役時代は授業の終盤では,このパターンは多く採用していました.そして最後には,学習のまとめが子供たちの発表を経て行っていました.
⇒ピアジェの考え方に従えば,これでよい訳です.しかし,ここにヴィゴツキーの考えを盛り込むと一層効果が上がると考えられます.ヴィゴツキーは,小学校の低学年頃から,内言による思考ができるようになると考えていました.
⇒どのような学習行動を考えればよいかと言えば,一つは学習の最初ではない時間帯に,児童にとって少し難解な課題を入れ込むことです.それは,課題解決への材料が揃ってからの方が良いと思います.もちろん課題解決の時間に,内言が使えたらそれに越したことはありません.
⇒私の経験で言えば内言を利用する思考,即ち言語的思考の前に,自己中心的言語(呟き)が出てくる児童・生徒がいるはずです.学齢期の児童では,むしろその方が良いと思います.
さらに重要なことは,心象(イメージ)である.ヴィゴツキーは,内言の意味は心象であると述べているが,これは思考に心象が深く関わっている証拠である.
⇒このことについては次回に詳しく解説します.
今回も丁寧にお読みいただき,ありがとうございました.