記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

1時間の追加で学力UP?脳科学に基づく学習法検証その②

 前回は意味ネットワーク・モデルについてお話ししました.今回はその発展型としての記憶再生マップについてお話ししますが,その前にそもそも論として,なぜ意味ネットワーク・モデルの作成を学習行動として発想したのかについて説明します.

 はこれまで高校の講師,小中学校の教諭として教壇に立っていましたが,児童・生徒が授業によって獲得する知識は,全て言語によって表現されることに何ら疑問も感じていませんでした.それは,教科書が言語によって知識を表していたので,知識は言語で表現されるものと思っていたからです.

 確かに書物や俳句や和歌などは言語によって表現され,それを書いた人の知恵や想いを人々に伝えています.さらに試験も言語によって解答がつくられ,言語を正しく記述することが正しい知識を獲得したことの証拠になるという考えがあったからだろうと思います.

 かしよくよく考えてみると,ある事柄を理解することと,そのことを言語化するは別物ではないだろうかという疑問が生まれたのです.なぜならば,理解するときには必ず内部表象が言語を伴った思考や伴わない思考に関わってきますし,内なる納得が起こります.しかしその段階では,心情的には理解したと感じていますが言語化はなされていない場合が多いです.

 してその後,それらの出来事を言語化することになりますが,時間が経過するとエピソード記憶などが曖昧になり言語化が難しくなったり,そもそも言語を使って一連の学習行動を含む経緯を表現することが苦手な児童(生徒)もいたりして,どのような学習行動を経て学習のまとめに至ったかを表現できる児童(生徒)は,私が実践した4年生理科の授業では1クラス中1~2名程度でした.このように言語で表現できない最も大きな原因は,前回の記事で紹介した理化学研究所が解明した「記憶は時間の経過とともに無意識のうちに変わっていく」ことと非常に関係深いと言えます.従って,言語化による学習のまとめの前には,記憶想起の手順が不可欠という事になります.

 の「理解」という言語ですが,私は博論で学習内容を理解するとは,「児童(生徒)が学習内容やその過程を正しく記憶に残すこと」と定義しました.つまり単に,授業の最後に行われる学習のまとめで先生がまとめられた言葉のみを記憶することは,学習内容を理解したとは言いにくいのではないでしょうか.ですから,このような意味からも様々な学習行動を正確に記憶想起することが重要になってくるのです.

 えば,幼児の前に2個のおもちゃがあったとして,その個数を理解させたいとき,「おもちゃは全部でいくつあるかな」などの問いかけによって,幼児はおもちゃを実際に触りながら数えるという行動を取ることがあります.そして「2(に)」と答えると,親が「すごいねぇ」などの称賛を与えることで,おもちゃが2個ある姿は,「に」と発話をするとよいことが分かってきます.しかしこれは,本当に理解した訳ではありません.なぜならば,1よりも2が大きいまたは多いという集合数の概念や,集合数を知るための順序数の概念の理解が出来ていないと考えられるからです.

 順序数や集合数については,ここを参考にして下さい.

※おもちゃの車の台数を数える幼児(2歳)

 また小学校算数での「1+1=2」の計算では,「2」と答えを出す前に様々な手続きを学習行動として行っています.例えば先程の順序数や集合数の概念や「+」の概念の指導など先生方が工夫を凝らして授業をされています.それら全ての手続きを経て「2」という結果を答えと認識することになります.

 しかし,「1+1」を「2」と答えたからと言っても,本当に理解しているのかは,「に」と言語化して発話したことでは分かりません.「なぜあなたは,答えを2と思ったのですか」と聞かれたときに,授業で経験したことなどを含め,1年生なりに学習の経験が含まれた筋道の通った(論理的な)説明ができて初めて理解したと言えます.

 ただ実際は,指導時間の制限もあってそれらをペーパー試験で代用しているだけです.そして,これが現在の日本の学校教育の大きな欠点と考えられますなぜならば,ある単元の学習を終えた時点で全ての児童(生徒)自らが,その単元内容を言語によって説明できるようには指導されていないのではないかと思えるからです(指導されている先生方,ごめんなさい🙇).

 の多くの経験でも,様々な教科でほとんどの児童・生徒が淀みなく学習内容について発話によって説明したことはありませんでした.たとえ学習の最後に「説明して下さい」と指示したとしても,過去の学習内容を記憶想起できなければ,結論に至る様々な学習行動が,どのような連関を持っているかについて認知できていないので説明することは不可能です.ただ単に,結論は〇〇であるという事を知ったというだけになります.

 えれば推理小説の結末だけを読んで犯人が誰かという事は知ったけれども,なぜその人が犯人と分かったかについて知らないことと同じだと言えます.これでは,その推理小説について,他の人に紹介することは出来ませんし読書の楽しみもありません. 

 てここからは学習のまとめで利用する「記憶再生マップ」について説明します.まず記憶再生マップに限らず,これらのマップを使用する意味は,児童(生徒)の記憶想起が可能になるからです.もともとの意味ネットワーク・モデルは,前回お示しした通りで,ある事柄などの概念や思考が単一の概念や思考で成立するのではなく,互いに連関して広がっているような構造を持つネットワークとして表されていました.また各ノード(それぞれのリンクを繋いでいる部分:結節点)は,AnimalやFishのように言語で記述されています.さらに矢印で示されたリンクには,「lives in」のようにものの状態を表す言語が添えられていました.そのことにより「魚は水の中で生きている」という概念を表現していたのです.

 かし,これでは児童が何も書くことが出来ないのは明らかです.また教育現場での利用となれば,ノードの内容が学習内容となりますので単に物の名前を記述することと全く異なる訳です.

 そこで児童に描かせる知識モデルは,ノードには児童が学習したことによって理解した事柄の概念を主として絵で描かせ,リンクによって関係する事柄を結ばせることにしました.このようにして描かれたノード・リンク構造は,意味ネットワーク・モデルの性格を持ってはいますが,言わば児童の内部表象に合うモデルとして提案すべきと考えました.

 これまでの長い教職経験から児童に考えを書かせる場合,閉ざされた領域に書くように指示すると比較的スムーズに考えが書けることが分かっています.このような児童の特性に合わせてノードは,閉じた領域を提示します.この知識モデルには中心(中心ノード)があり,出発点となっています.全てのノード・リンク構造は,この中心ノードから始まることになります.従いまして,中心ノードに書かれる内容は「単元名」となり,これは言語で表現します.例えば,大単元「もののとけ方」,「体積」もしくは小単元「直方体・立方体の体積」など自由に設定できます.教科によってどの範囲で児童に描いてもらうか先生方が決めて下さい.

 に最も重要な点ですが,上の図において「中心ノード」と「第1ノード」は教師側の提示となり,先生方の裁量が生きる部分ですつまり,これらのノードの内容は,先生方が慎重に決めて頂くことになります.そして児童(生徒)は,第2ノードから描き(書き)始めることになります.

 ではなぜ児童(生徒)は,中心ノードから描くことが出来ないのでしょうか.最も簡単なのは次のように,単元名だけを書いた中心ノードのみの提示です.

 のことについては,現職の時に何度も確認したのですが,ほぼ全員の児童が何も描けませんし,描く気持ちも低下します.これは中心ノードに書かれた言語(※この場合は「面積」)から,何を連想すればよいかがはっきりしないからだと考えられます.

 ころが,次のようなプリントならば俄然描く気持ちが出て,どんどん描いていきます.

記憶再生マップの初期提示の例

 れは以前の記事にも同様のことを書いたと思いますが,例えば「面積と三角形」のつながりから,「面積」という単元のなかの「三角形」という言語ですから「三角形の面積について何か知っていることを記述すればよい」ということに気づくという「手がかり再生法」の手法を用いています.これは,意味記憶エピソード記憶という宣言的記憶(顕在記憶)の想起法になります.

 先生方の授業を真面目に受けた児童ならば,三角形の面積の授業を思い出そうとしますが,これが脳にとってはとても重要で,その時の学習行動はどのようなものであったかを一生懸命に想起しようとします.そうすると,言語よりもむしろイメージによる内部表象が見えてくるはずです.そして記憶想起した事柄を第2ノードに絵で表現するのです.もちろん,言語で表現しても構いません.これまでの実践では,絵よりもむしろ言語で第2ノード以降を記述する児童は,その単元についてよく理解していることが多かったようです

 回は,記憶再生マップについて詳細しました.博論の展開では,この後,この実践でどのようなデータを収集してまとめるかを記述しています.このことについては,さらに次回に詳細します.長くなりましたが,いつも丁寧にお読み頂いていることに感謝申し上げます.なお,ご質問等あられれば,コメント欄を通じてお願いいたします.