3月になりました.
このブログでは,学校現場の先生方が授業を計画されるときに,どのような学習行動を組み込むと児童・生徒が学習内容を理解できるようになるかについて,主に認知科学的な視点で記述しています.
現在は,放送大学学術リポジトリで2023.12から14か月連続アクセスランキング1位を続けている私の博士論文「小学校理科教育における指導方略の研究-意味ネットワーク・モデルとその発展型を用いた知識構成-」を現場の先生方が共通に持っている経験知を例として分かり易く説明しています.
なお,現場の先生方の経験知を利用して説明を行っている関係上,教職の経験をお持ちでない方には少々分かりにくい説明になっているかも知れません.
また博士論文は,小学校の理科を例に書いていますが,基本的には教科は関係ありませんので,それぞれの興味があられる教科で応用して頂けると幸いです.これまでの記事は博士論文目次から関係ある記事にリンクを張っていますので,ご利用頂きたいと思います.
さて今回は,仮説②の検証方法について説明します.
仮説②は,2025.1.05の記事でご説明したように
「児童の知識モデルとして,意味ネットワーク・モデルの手法により,児童が自己の概念を概観できる形で表象し,それらの関係性を考える機会や他の児童に説明する機会を設けることにより,概念の再構成が可能となる.」
という事でした.
これを別の言い方にすると,「学校教育における知識の獲得と概念化は,海馬が保持しているエピソードを記憶想起し内部表象するという積極的な概念形成によってなされ,その場合利用されるのが意味ネットワーク・モデルというマッピング手法と他者への説明活動であるということ」です.
この仮説検証は,他の教科に比べて体験活動が多い理科の学習において行うことにしました.次の図で,雲の形は脳内にある個々の記憶を模式的に表したもので,その中の映像は学習行動のエピソードとします.小学校において理科の学習は,概ね週に2~3回程度の授業がありますので,この図は少なくとも初めの実験から1週間程度が経過した日に行われた4回目の授業中における,ある児童の脳内に見られる実験のエピソードを表していることになります.つまりどの回の実験のエピソードも,時間の経過とともに既に不鮮明になっています.それぞれのエピソードの内部表象は,他者に対しては提示できませんので「初めの実験では・・・・」や「2回目の実験の・・・・」などのように発話に適したラベルを与えて説明を行います.
数回の実験を通して行われる理科の学習の例
一般的な授業では言語のみによるまとめが行われるので,エピソードの記憶想起が十分になされない可能性が残ります.そして次第に,このような状態のまま記憶の鮮明さは薄れてしまい,最後には消失したり記憶の入れ替わりなどが起こることになります.
先生方の中には,児童の記憶は1週間程度ではこんなに不鮮明にならないと思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか.このような疑問に対しては,昔は忘却曲線の話が持ち出されていましたが,つい最近の2025年2月21日に理化学研究所が出した研究成果が興味深いと思います.
簡単に言えば,「記憶は時間の経過とともに無意識のうちに変わっていく」ことを理化学研究所の柴田和久氏と樋口洋子氏らのグループが,右側の海馬の活動を調査することによって解き明かしたという事です.彼らの研究によれば,極めて単純な実験でも正しい結果が逆の形で記憶されることもあるという事なので,授業のエピソードのような複雑な記憶では十分に考えられるのです.
従って,授業のような複雑な記憶を司る学習行動等では,むしろ児童の記憶が正しくいつまでも保持されているとは考えない方が自然であると言えます.
余談ですが,このような人間の弱点を補う上でタブレットなどで実験の様子を撮影し保存しておくのも一考です.
一方で,はっきりと記憶想起がなされると内部表象は鮮明になり,それぞれの現象間の因果関係に対する精緻な思考が可能となります.この精緻な思考こそが,記憶の保持に有効であると言われています.
私は人間が進化の過程で獲得した言語によって授業のまとめを行う事については,授業の最終形として重要であると考えています.しかし,現下の授業において,ある教科のある単元の終了時点で,どれだけの児童・生徒が言語によって学んだ学習内容を発話できるでしょうか.このことは,本当の意味での学力が身に付くということと密接に関連している内容です.
そこで,児童・生徒の学力を上げるための手立てとして,単元の学習が終了した時点で学習した内容を児童に記憶想起させ,その内容を意味ネットワークを構成しているノード・リンク構造で表すという学習課題を与えることにしました.更に作成した意味ネットワークを使って,他の児童に自身の考えを説明するという学習行動を行わせることにしました.
この記憶想起と説明活動は,1単位時間程度を考えていましたので従来のやり方に比べて1時間の手間がかかるという事になります.
最近は指導時間の確保の問題もあり,このような追加の時間はなかなか取れないのが現状のようですが,モジュール的に考えて,朝の時間の15分や帰りの会の10分を利用するなどの工夫次第で実現可能になります.
結局,今回の理化学研究所やこれまでの脳科学の研究成果,自分自身の記憶の鮮明さについての体験を考え合わせると,このような時間を確保しないと児童・生徒の概念形成が十分にできないことは脳の特性から明らかであるようです.
※仮説の検証方法としてはこのような表現になります.
もう既に結果は出ていますが・・(^^;)
ここで別の観点から,仮説の検証に大きな影響を与える問題を解決する必要があります.それは何かと言えば,一般的な意味ネットワークの問題になります.
これを見るとリンクが矢印になっており,更に「is an」や「has」などの言語が付加されていますね.例えば「Bear」has→「Fur」は「熊は毛皮を持つ」という意味になり,「Bear」isa→「Mammal」は「熊は哺乳類である」となります.つまりリンクには向きと意味を形成する言語が付随しています.それによって,これらの関係を言語化することが可能となります.
ところが大学生ならともかく,小学生がこのような手続きを経て,ある事柄の関係性を構築できるはずもありません.そこでこのような意味を形成するネットワークの別バージョンを考える必要があったのです.つまり,意味ネットワークと同様に意味を形成するための小学生でも作成可能なネットワーク構造です.
次回は,そのようにして発案した意味ネットワークの発展型について説明します.