記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

1時間の追加で学力UP?脳科学に基づく学習法検証その②

 前回は意味ネットワーク・モデルについてお話ししました.今回はその発展型としての記憶再生マップについてお話ししますが,その前にそもそも論として,なぜ意味ネットワーク・モデルの作成を学習行動として発想したのかについて説明します.

 はこれまで高校の講師,小中学校の教諭として教壇に立っていましたが,児童・生徒が授業によって獲得する知識は,全て言語によって表現されることに何ら疑問も感じていませんでした.それは,教科書が言語によって知識を表していたので,知識は言語で表現されるものと思っていたからです.

 確かに書物や俳句や和歌などは言語によって表現され,それを書いた人の知恵や想いを人々に伝えています.さらに試験も言語によって解答がつくられ,言語を正しく記述することが正しい知識を獲得したことの証拠になるという考えがあったからだろうと思います.

 かしよくよく考えてみると,ある事柄を理解することと,そのことを言語化するは別物ではないだろうかという疑問が生まれたのです.なぜならば,理解するときには必ず内部表象が言語を伴った思考や伴わない思考に関わってきますし,内なる納得が起こります.しかしその段階では,心情的には理解したと感じていますが言語化はなされていない場合が多いです.

 してその後,それらの出来事を言語化することになりますが,時間が経過するとエピソード記憶などが曖昧になり言語化が難しくなったり,そもそも言語を使って一連の学習行動を含む経緯を表現することが苦手な児童(生徒)もいたりして,どのような学習行動を経て学習のまとめに至ったかを表現できる児童(生徒)は,私が実践した4年生理科の授業では1クラス中1~2名程度でした.このように言語で表現できない最も大きな原因は,前回の記事で紹介した理化学研究所が解明した「記憶は時間の経過とともに無意識のうちに変わっていく」ことと非常に関係深いと言えます.従って,言語化による学習のまとめの前には,記憶想起の手順が不可欠という事になります.

 の「理解」という言語ですが,私は博論で学習内容を理解するとは,「児童(生徒)が学習内容やその過程を正しく記憶に残すこと」と定義しました.つまり単に,授業の最後に行われる学習のまとめで先生がまとめられた言葉のみを記憶することは,学習内容を理解したとは言いにくいのではないでしょうか.ですから,このような意味からも様々な学習行動を正確に記憶想起することが重要になってくるのです.

 えば,幼児の前に2個のおもちゃがあったとして,その個数を理解させたいとき,「おもちゃは全部でいくつあるかな」などの問いかけによって,幼児はおもちゃを実際に触りながら数えるという行動を取ることがあります.そして「2(に)」と答えると,親が「すごいねぇ」などの称賛を与えることで,おもちゃが2個ある姿は,「に」と発話をするとよいことが分かってきます.しかしこれは,本当に理解した訳ではありません.なぜならば,1よりも2が大きいまたは多いという集合数の概念や,集合数を知るための順序数の概念の理解が出来ていないと考えられるからです.

 順序数や集合数については,ここを参考にして下さい.

※おもちゃの車の台数を数える幼児(2歳)

 また小学校算数での「1+1=2」の計算では,「2」と答えを出す前に様々な手続きを学習行動として行っています.例えば先程の順序数や集合数の概念や「+」の概念の指導など先生方が工夫を凝らして授業をされています.それら全ての手続きを経て「2」という結果を答えと認識することになります.

 しかし,「1+1」を「2」と答えたからと言っても,本当に理解しているのかは,「に」と言語化して発話したことでは分かりません.「なぜあなたは,答えを2と思ったのですか」と聞かれたときに,授業で経験したことなどを含め,1年生なりに学習の経験が含まれた筋道の通った(論理的な)説明ができて初めて理解したと言えます.

 ただ実際は,指導時間の制限もあってそれらをペーパー試験で代用しているだけです.そして,これが現在の日本の学校教育の大きな欠点と考えられますなぜならば,ある単元の学習を終えた時点で全ての児童(生徒)自らが,その単元内容を言語によって説明できるようには指導されていないのではないかと思えるからです(指導されている先生方,ごめんなさい🙇).

 の多くの経験でも,様々な教科でほとんどの児童・生徒が淀みなく学習内容について発話によって説明したことはありませんでした.たとえ学習の最後に「説明して下さい」と指示したとしても,過去の学習内容を記憶想起できなければ,結論に至る様々な学習行動が,どのような連関を持っているかについて認知できていないので説明することは不可能です.ただ単に,結論は〇〇であるという事を知ったというだけになります.

 えれば推理小説の結末だけを読んで犯人が誰かという事は知ったけれども,なぜその人が犯人と分かったかについて知らないことと同じだと言えます.これでは,その推理小説について,他の人に紹介することは出来ませんし読書の楽しみもありません. 

 てここからは学習のまとめで利用する「記憶再生マップ」について説明します.まず記憶再生マップに限らず,これらのマップを使用する意味は,児童(生徒)の記憶想起が可能になるからです.もともとの意味ネットワーク・モデルは,前回お示しした通りで,ある事柄などの概念や思考が単一の概念や思考で成立するのではなく,互いに連関して広がっているような構造を持つネットワークとして表されていました.また各ノード(それぞれのリンクを繋いでいる部分:結節点)は,AnimalやFishのように言語で記述されています.さらに矢印で示されたリンクには,「lives in」のようにものの状態を表す言語が添えられていました.そのことにより「魚は水の中で生きている」という概念を表現していたのです.

 かし,これでは児童が何も書くことが出来ないのは明らかです.また教育現場での利用となれば,ノードの内容が学習内容となりますので単に物の名前を記述することと全く異なる訳です.

 そこで児童に描かせる知識モデルは,ノードには児童が学習したことによって理解した事柄の概念を主として絵で描かせ,リンクによって関係する事柄を結ばせることにしました.このようにして描かれたノード・リンク構造は,意味ネットワーク・モデルの性格を持ってはいますが,言わば児童の内部表象に合うモデルとして提案すべきと考えました.

 これまでの長い教職経験から児童に考えを書かせる場合,閉ざされた領域に書くように指示すると比較的スムーズに考えが書けることが分かっています.このような児童の特性に合わせてノードは,閉じた領域を提示します.この知識モデルには中心(中心ノード)があり,出発点となっています.全てのノード・リンク構造は,この中心ノードから始まることになります.従いまして,中心ノードに書かれる内容は「単元名」となり,これは言語で表現します.例えば,大単元「もののとけ方」,「体積」もしくは小単元「直方体・立方体の体積」など自由に設定できます.教科によってどの範囲で児童に描いてもらうか先生方が決めて下さい.

 に最も重要な点ですが,上の図において「中心ノード」と「第1ノード」は教師側の提示となり,先生方の裁量が生きる部分ですつまり,これらのノードの内容は,先生方が慎重に決めて頂くことになります.そして児童(生徒)は,第2ノードから描き(書き)始めることになります.

 ではなぜ児童(生徒)は,中心ノードから描くことが出来ないのでしょうか.最も簡単なのは次のように,単元名だけを書いた中心ノードのみの提示です.

 のことについては,現職の時に何度も確認したのですが,ほぼ全員の児童が何も描けませんし,描く気持ちも低下します.これは中心ノードに書かれた言語(※この場合は「面積」)から,何を連想すればよいかがはっきりしないからだと考えられます.

 ころが,次のようなプリントならば俄然描く気持ちが出て,どんどん描いていきます.

記憶再生マップの初期提示の例

 れは以前の記事にも同様のことを書いたと思いますが,例えば「面積と三角形」のつながりから,「面積」という単元のなかの「三角形」という言語ですから「三角形の面積について何か知っていることを記述すればよい」ということに気づくという「手がかり再生法」の手法を用いています.これは,意味記憶エピソード記憶という宣言的記憶(顕在記憶)の想起法になります.

 先生方の授業を真面目に受けた児童ならば,三角形の面積の授業を思い出そうとしますが,これが脳にとってはとても重要で,その時の学習行動はどのようなものであったかを一生懸命に想起しようとします.そうすると,言語よりもむしろイメージによる内部表象が見えてくるはずです.そして記憶想起した事柄を第2ノードに絵で表現するのです.もちろん,言語で表現しても構いません.これまでの実践では,絵よりもむしろ言語で第2ノード以降を記述する児童は,その単元についてよく理解していることが多かったようです

 回は,記憶再生マップについて詳細しました.博論の展開では,この後,この実践でどのようなデータを収集してまとめるかを記述しています.このことについては,さらに次回に詳細します.長くなりましたが,いつも丁寧にお読み頂いていることに感謝申し上げます.なお,ご質問等あられれば,コメント欄を通じてお願いいたします.

 

1時間の追加で学力UP?脳科学に基づく学習法検証その①

 3月になりました.

 このブログでは,学校現場の先生方が授業を計画されるときに,どのような学習行動を組み込むと児童・生徒が学習内容を理解できるようになるかについて,主に認知科学的な視点で記述しています.

 在は,放送大学学術リポジトリで2023.12から14か月連続アクセスランキング1位を続けている私の博士論文「小学校理科教育における指導方略の研究-意味ネットワーク・モデルとその発展型を用いた知識構成-」を現場の先生方が共通に持っている経験知を例として分かり易く説明しています.

 お,現場の先生方の経験知を利用して説明を行っている関係上,教職の経験をお持ちでない方には少々分かりにくい説明になっているかも知れません.

 た博士論文は,小学校の理科を例に書いていますが,基本的には教科は関係ありませんので,それぞれの興味があられる教科で応用して頂けると幸いです.これまでの記事は博士論文目次から関係ある記事にリンクを張っていますので,ご利用頂きたいと思います.

 

 て今回は,仮説②の検証方法について説明します.

 仮説②は,2025.1.05の記事でご説明したように

「児童の知識モデルとして,意味ネットワーク・モデルの手法により,児童が自己の概念を概観できる形で表象しそれらの関係性を考える機会や他の児童に説明する機会を設けることにより,概念の再構成が可能となる.」

という事でした.

 れを別の言い方にすると,「学校教育における知識の獲得と概念化は,海馬が保持しているエピソードを記憶想起し内部表象するという積極的な概念形成によってなされ,その場合利用されるのが意味ネットワーク・モデルというマッピング手法と他者への説明活動であるということ」です.

 の仮説検証は,他の教科に比べて体験活動が多い理科の学習において行うことにしました.次の図で,雲の形は脳内にある個々の記憶を模式的に表したもので,その中の映像は学習行動のエピソードとします.小学校において理科の学習は,概ね週に2~3回程度の授業がありますので,この図は少なくとも初めの実験から1週間程度が経過した日に行われた4回目の授業中における,ある児童の脳内に見られる実験のエピソードを表していることになります.つまりどの回の実験のエピソードも,時間の経過とともに既に不鮮明になっています.それぞれのエピソードの内部表象は,他者に対しては提示できませんので「初めの実験では・・・・」や「2回目の実験の・・・・」などのように発話に適したラベルを与えて説明を行います.

 

 数回の実験を通して行われる理科の学習の例

 般的な授業では言語のみによるまとめが行われるので,エピソードの記憶想起が十分になされない可能性が残りますそして次第に,このような状態のまま記憶の鮮明さは薄れてしまい,最後には消失したり記憶の入れ替わりなどが起こることになります.

 先生方の中には,児童の記憶は1週間程度ではこんなに不鮮明にならないと思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか.このような疑問に対しては,昔は忘却曲線の話が持ち出されていましたが,つい最近の2025年2月21日理化学研究所が出した研究成果が興味深いと思います.

 

理化学研究所の研究成果(プレリリース)2025

 簡単に言えば,「記憶は時間の経過とともに無意識のうちに変わっていく」ことを理化学研究所柴田和久氏樋口洋子氏らのグループが,右側の海馬の活動を調査することによって解き明かしたという事です.彼らの研究によれば,極めて単純な実験でも正しい結果が逆の形で記憶されることもあるという事なので,授業のエピソードのような複雑な記憶では十分に考えられるのです.

 って,授業のような複雑な記憶を司る学習行動等では,むしろ児童の記憶が正しくいつまでも保持されているとは考えない方が自然であると言えます.

 余談ですが,このような人間の弱点を補う上でタブレットなどで実験の様子を撮影し保存しておくのも一考です.

 

 方で,はっきりと記憶想起がなされると内部表象は鮮明になり,それぞれの現象間の因果関係に対する精緻な思考が可能となります.この精緻な思考こそが,記憶の保持に有効であると言われています.

 

 人間が進化の過程で獲得した言語によって授業のまとめを行う事については,授業の最終形として重要であると考えています.しかし,現下の授業において,ある教科のある単元の終了時点で,どれだけの児童・生徒が言語によって学んだ学習内容を発話できるでしょうか.このことは,本当の意味での学力が身に付くということと密接に関連している内容です.

 こで,児童・生徒の学力を上げるための手立てとして,単元の学習が終了した時点で学習した内容を児童に記憶想起させ,その内容を意味ネットワークを構成しているノード・リンク構造で表すという学習課題を与えることにしました.更に作成した意味ネットワークを使って,他の児童に自身の考えを説明するという学習行動を行わせることにしました.

 この記憶想起と説明活動は,1単位時間程度を考えていましたので従来のやり方に比べて1時間の手間がかかるという事になります.

 近は指導時間の確保の問題もあり,このような追加の時間はなかなか取れないのが現状のようですが,モジュール的に考えて,朝の時間の15分や帰りの会の10分を利用するなどの工夫次第で実現可能になります.

 局,今回の理化学研究所やこれまでの脳科学の研究成果,自分自身の記憶の鮮明さについての体験を考え合わせると,このような時間を確保しないと児童・生徒の概念形成が十分にできないことは脳の特性から明らかであるようです

 ※仮説の検証方法としてはこのような表現になります.

  もう既に結果は出ていますが・・(^^;) 

 こで別の観点から,仮説の検証に大きな影響を与える問題を解決する必要があります.それは何かと言えば,一般的な意味ネットワークの問題になります.

出典「Wikipedia 意味ネットワーク」

 これを見るとリンクが矢印になっており,更に「is an」や「has」などの言語が付加されていますね.例えば「Bear」has→「Fur」は「熊は毛皮を持つ」という意味になり,「Bear」isa→「Mammal」は「熊は哺乳類である」となります.つまりリンクには向きと意味を形成する言語が付随しています.それによって,これらの関係を言語化することが可能となります.

 ころが大学生ならともかく,小学生がこのような手続きを経て,ある事柄の関係性を構築できるはずもありません.そこでこのような意味を形成するネットワークの別バージョンを考える必要があったのです.つまり,意味ネットワークと同様に意味を形成するための小学生でも作成可能なネットワーク構造です

 回は,そのようにして発案した意味ネットワークの発展型について説明します.

教師の発話が児童の誤概念を形成するメカニズムとその検証方法

 つもご覧頂き,ありがとうございます.

 てこの回は,私の博論に戻り,仮説検証の方法についてご説明いたします.

 「仮説①」「教師の発話に起因する児童の誤概念は,教師の別の発話やジェスチャーにより修正される」

 の仮説を設定した理由としては,学校現場で授業を行っていると,様々な場面で教師の発話が原因で児童の中に誤概念が形成されていることを経験上知っているからであり,その対処法についても経験上獲得したからです.

 の誤概念は,教師の発話内容が児童にとって理解できない時に,続けて発話される理解可能な教師の言語が,理解できなかった言語に対する熟考を阻害する言わば逆向抑制と呼ばれる現象が起こった場合に形成されるようです.つまり,教師としては児童が理解できると思い込んで,発話したことが原因と考えられます

 れまでの研究論文のなかで,このような教師の発話によって児童の誤概念が形成されることを取り上げたものは,以前にも書いたように自分の論文以外には確認できませんでした.(他の論文をご存知の方は教えて下さい)

 一つ例を挙げますと,次のような教師の発話で誤概念が形成されそうです.

 ある先生が,5年生の理科の時間に

「今日から,もののとけかたについて勉強します.皆はこれまで,いろんなものとけているところを見たことがあるよね.そのときどんな感じだった?」

と発話したとします.それを聞いているある児童が,次のように感じたとします.

 

 生の発話のタイミングが早ければ,児童に考える時間を与えません.ですから,いったい「もの」とは何かという思考が置き去りにされています.それで,最後にはヒューリスティクスによってアイスクリームがとけると考えたようです.ヒューリスティクスとは,直感に近い感覚で答えを推測する方法です.先生は当然ながら,食塩や砂糖などを水に溶かすということを前提に発話しています.

 のブログでも以前に紹介しましたが私の調査によると,小学校5年生の「とける」という言語の理解は,約8割が融解でした.つまり,「ろうそくがとける」「チョコレートがとける」「アイスクリームがとける」「チーズがとける」「氷がとける」をイメージしたことになります.一方で,「塩が水にとける」や「砂糖を水にとかす」などをイメージした児童は2割程度でした.理由は経験の差です.私が小学生の頃は,ジュースは粉末を水に溶かして飲んでいました.ですから「とかす」という言語に対する理解も二通り持っていました.しかし今は,ジュースは液体で購入するものですし,よほど興味を持って料理のお手伝いをしない限りは,溶解の体験はしません.しかし授業では溶解現象を学習するのですから,上の絵のようなことが容易に起こります.

 すから仮説①の検証には,「経験」から得られる理解という意味で,スキーマに関する調査についても行う必要が生じたのです.

 

 説検証の方法としては,概ね次のような手順に拠ります.

(1)教師の発話する言語によって誤概念を生じさせる.この誤概念は,児童が心象を抱きやすい名詞を用いる.

※誤概念が発生していることを確かめる.

 

(2)生じた誤概念を更なる教師の発話やジェスチャーによって修正を試みる.

※児童のスキーマにあると考えられる概念をイメージしながら発話したりジェスチャーを行う.

 

(3)(1)と(2)で児童が描いた形を比較し,概念の修正が出来ているかを判断する.

(4)なぜ誤概念が生じたのかや,教師の更なる発話やジェスチャーで概念の修正ができたどうかの判断を,児童が描いた絵によって行う.

 

 のような検証授業を通して,教師がどのようなことに留意すれば誤概念を形成させないか,また誤概念を形成させたとしても,どのような再発話によって誤概念が修正されるかの考察を行うことになります.

 

 今回はここまでとします.丁寧にお読み頂きありがとうございました.次回は仮説②の検証方法についてご説明いたします.

 

 

海馬とスキーマ:意味ある経験が学習を促す

 前回の海馬の話は,納得いただけましたでしょうか.今回は予定を変更して,もう少し海馬について考えてみます.

 回の内容を補足しますが,海馬の記事を紹介している某サイトに,「海馬は地図が好き」みたいなことが書かれていたのですが,おそらく場所細胞(Place cell)の事を紹介されたのだと思います.しかし,そのように書いてあるからと言って,授業で地図を使うと効果的であるという事ではありません.

 れまでも東京大学の池谷博士のような脳科学の研究者が,海馬について様々な機能や仕組みについて解き明かしていますが,前回の記述でも紹介したように,海馬には様々な状況に反応する細胞があり,それらがアッセンブリーとして機能することで,現在の経験を内部表象すると書かれていましたね.つまり海馬体の細胞同士は,ニューラル・ネットワークの状態で外界からの情報を処理しているのです.

 のような話は,認知科学を勉強された先生方は,「イメージ・デーモン」「特徴分析デーモン」「認知デーモン」「決定デーモン」や「おばあさん細胞」の話を思い出されるかも知れません.つまり海馬やその周辺には,様々な刺激に反応する細胞があり,細胞単体で動くのではなく,関係する細胞が連携して刺激の内容を解析していると考えるのが自然です.

 えば,目には常に膨大な量の情報が入ってきます.自動車を運転している時には,主にフロントグラスを通して道路状況,前方車両や対向車の状況,左右の風景や通行人などものすごい量の情報が時々刻々入ってくるわけです.その中で,必要な情報は取り入れられ,海馬を中心として処理されます.

 日のような雪の日には,特に路面の凍結具合を判断しているはずです.融けているか凍っているかは,脳が瞬時に判断します.おそらくは,水の状態,或いは物体の表面の状態を認知する事に特化した細胞があり,路面の光り具合で過去の経験の内部表象と比較しているはずです.そのことによって,右足の筋肉を動かして速度を落としたり,落とさなかったりをしていると考えられます.

 

 かし,その他の入力された情報は消去されていますね.例えば,左右の家並みの情報はすぐに消失しています.ですから後になっても思い出せません.記憶として残っていないのです.

 はなぜ,こんな日には路面の状況を脳(海馬)が注視するのでしょうか.それは,「路面が凍結すると,車のコントロールが困難になる」という知識があるからです.その知識と氷が融けた状態や凍っている状態の内部表象は,スキーマに保管されています.この明文化された意味記憶は,無意図的に利用されることが分かっています.無意図的とは,「意識されることなく」という意味です.ですから,意識することなく海馬の細胞と連携を取って,体の筋肉をコントロールしていると考えられます.ただ,このような事ができるというのは,学習の為せる技だと言えます.「雪道は危ない」と学習したからこそ,海馬の中の細胞が活性化したのです.

 の事から考えられる学校教育で重要なこととは,意味ある経験(※この場合は,「雪道を運転できた」)をつくり続ける事です.そしてそのためには,まずは以前の知識から成るスキーマの内容を充実させることが重要です

 回はここまでです.いつも丁寧にお読み頂き,ありがとうございます.

 

 

海馬と学習:神経科学からの教育への示唆

 回は,海馬の学術的研究成果から考えられる学習法と本研究の仮説のまとめについて説明します.

 中高における現在の学習にとって重要なことは,文科省によって制定されている学習指導要領に則った授業内容を,教諭である先生方が独自の解釈を踏まえて構成し実践することです.何も他人に言われた通りに実践する必要はありません.必ず,ご自身で学習指導要領と教科書をお読み頂き,解釈してから授業構成を考えて頂ければと思っています.

 

 て,学習指導を行う上で注目すべきは海馬です.おそらく,大学の教員養成課程では,あまり触れられていないのではないかと思いますが,海馬の機能を知れば授業について考える時に色々と便利です.

 ここでは,海馬研究の専門家である東京大学薬学部教授の池谷裕二(いけがやゆうじ)博士(薬学)の書かれている内容を参考に考えてみます.

 ちなみに池谷博士が書かかれた,「海馬の基礎知識」は「基礎」となっていますが,海馬の専門研究者に必要な内容ということですので,一般的には難しい内容となっています.

gaya.jp

 の記述で,特に小中高の先生方に関係する部分は,8.海馬機能への考察,8-1 海馬と記憶・学習です.ただしこの場合の学習は,人(或いは動物)として物事を知る・事態を把握する(記憶する)と言った広義の意味です.

 の中で特に注目すべき記述がこれです.

 ①:電気生理学的実験によって、海馬の神経細胞が環境内に置かれた何らかの刺激によって活性化されることが示された。たとえば、迷路内を走り回るラットの個々の海馬神経細胞の活動を記録すると、特定の細胞は迷路の特定の場所を走り抜けるときに活動することが分かる。これは場所細胞(Place cell)と呼ばれる海馬の細胞である。こうしたデータから、外の世界を認識する地図(cognitive map)が海馬の中に形成されているものと推測されている(O’Keefe, 1979)。

 この部分で述べられているcognitive mapとは,人や動物が空間を移動する場合,自身の周りの空間を頭の中でイメージした時に認識するマップのことです.児童・生徒が校内や通学路を自由に歩くことができるのは,過去にそれらを移動した経験のエピソードが記憶されており,どのように移動すればいいのかが分かるからです.

 ここからは私見ですが,地図そのものが内包されている訳ではなく,生物が空間を移動する場合に,主に視覚から入る画像情報を認知し,それにより再構成されたイメージが内部的な表象となって意識されているものと考えています.場所細胞という名前は,空間移動という動きが付随しますが,例えば学校内であれば児童・生徒が教室や理科室,音楽室などのそれぞれ場所に行くと活動すると考えられます.

 かつて理科を指導していた時に,児童が理科室での授業をとても楽しみにしていたのを思い出します.おそらくは,場所細胞が活性化することによる副次的に心的な好影響があったのではないかと思います.

 

 の記述です. 

 ②:『より一般的な意味では、海馬体の神経細胞は、様々に活性化されるユニットの組み合わせ、つまり「アセンブリー(assembly)」として働くことで、現在の経験を内部表象している、と考えることもできるおそらく、こうした海馬の内部表象と、大脳皮質にあるより詳細な経験情報が相互作用することによって、長期的な記憶が形成されるのだろう(Wilson and McNaughton, 1993, 1994; McHugh et al., 1996)。』

 

 この内容は,学校教育にとって非常に重要だと思います.そして,この記述こそが「理解」の中身と考えられます

 まず,海馬の神経細胞が,様々に活性化されるユニットで構成されてるという事です.また,それらが「アセンブリー」,つまり集合体として組み合わされて働いているという事です.

 そして多くの異なった機能を持つ神経細胞が,同時に働くことで内部表象つまり記憶想起できると書かれています.

 その次のアンダーライン部が更に重要で,海馬による記憶想起と,大脳皮質にあるより詳細な経験情報とは,このブログでも取り上げたスキーマであると解釈できます.そして,海馬で記憶想起されたエピソードがスキーマから得られた知識と相互作用することで,長期記憶が形成されるのだろうと書かれています.これは,このブログでも何度も言ってきた「記憶想起した内容と既存の知識との連関が重要である」という主張と符合する部分です.

 つまり授業においては,事柄の関連性を探る学習行動が必須であるという事になります.

 「相互作用することによって」とは,今まさに海馬の中で,記憶想起した内容と既存の知識との連関を意識するような何かしらの学習行動を仕組むことが,児童・生徒の理解の条件ですよと言っているのです.そうすることで,長期記憶が形成される,つまり理解が進行するという事になります.

 私は,「学習内容を理解するとは,児童(生徒)が学習内容やその過程を正しく記憶に残すことである」と博論には記述しています.

 

 の記述です.

 ③これらの電気生理学的なデータが示唆することは、海馬体の神経細胞がある特定の情報に選択的に反応するわけではなく、むしろ、行動のすべてを表す内象を一時的に記憶しておく、いわば、短期記憶バッファーとして働いていると考察されるこの内部表象が後に再生されることで、ゆっくりと大脳皮質の長期的な記憶に置き換えられていくのだろう(Eichenbaum, 2001; Haist et al., 2001)。実際、徐波睡眠(slow-wave sleep)中に海馬で、覚醒時での行動が内部再生されることはすでに示唆されている(Hoffmann and McNaughton, 2002)。

 この部分は,さらに衝撃的でした.

 海馬での内部表象,つまり授業中に記憶想起している内容(映像や音声等々)については,後で再生することが重要であり,そうすることによって大脳皮質へと送られる長期記憶に置き換わるという事が書かれています.

 これは,私が提唱している記憶再生マップの考え方と符合します.単元後に,児童・生徒一人一人がじっくりと記憶再生マップと向き合い,自己中心的言語によって内なる納得をしながら記憶想起することで,概念化が促進されることは,このブログで何度も説明してきました.

 私は,博論を書いた時には,ここまで神経科学や生理学,解剖学の論文に目を通していなかったのですが,池谷博士の書かれた「海馬の基礎知識」や論文を読んで納得させられました.

博士論文より

 のように池谷博士が書かれた海馬の基礎知識(※専門家にとっては基礎知識)をもとに,学校教育における学習行動を考えると,ここに記したような内容になります.

 だに教育現場では,「〇〇を使うと,児童がよく理解できます」とか「〇〇を積極的に使わなければなりません」とか,全くエビデンスの無い指導をされている方々がおられます.これではいつまで経っても,学校教育は変わらないと思います.

 うか,このブログを読んで真剣に考える先生方が一人でも増えることを願っています.

 お,今回は内容が難しかったかも知れません.もし,疑問を持たれたら遠慮なくコメントして頂きたいと思います.

 来の予定としましては,神経細胞の発火現象についても記述すべきでしたが,混乱する可能性もありましたので,このような表現になりました.今回も丁寧にお読み頂き感謝申し上げます.

 回は,検証の方法について紹介します.

意味ネットワークモデルによる概念再構成:児童の能動的な概念形成を促す

 回は,「仮説②」について説明します.本年もよろしくお願いいたします.

 説②「児童の知識モデルとして,意味ネットワーク・モデルの手法により,児童が自己の概念を概観できる形で表象し,それらの関係性を考える機会や他の児童に説明する機会を設けることにより,概念の再構成が可能となる.

 のように,ここでは教師の発話による誤概念の問題は解決したという想定で,話が進むことになります.ここでのポイントは,概念の再構成ということでしよう.

 

 師の発話による誤概念の形成問題が解決されると,児童は授業のエピソードや獲得した知識を記憶に留め保持することになります.これらの記憶は,海馬と呼ばれる部位で概念化されます.

 ころが,記憶は必要に迫られて初めて利用できるようになるのですが,想起する必要のない記憶やリハーサルをしない記憶は,徐々に消失します

 

 なみにリハーサルという心理学用語は簡単に言えば,何度も言語を唱えて忘れないようにすることです.

 近では,スマホの二重認証でパスワードの他に,SMSやメールを通じて送られてくる短い数字の文字列を,唱えながら入力する場合などに使うやり方もリハーサルです.絶えず繰り返し唱えないとすぐに忘れてしまう脳の部位に入力されるからです.通常は,スマホの文字列コピー機能を使ってペーストしますが・・・・.

 ころがパスワードは,唱えなくても忘れていません.それは,しっかりと概念化され記憶されているからです.つまり,そのパスワードの文字列は,他人から見れば全く意味の無い文字列ですが,あなたにとっては「意味ある」ものです.

 念化とは,自分にとって意味を持たせることですし,概念化すると意味が分かりますので説明することが可能です.例えば,「〇〇〇〇という文字列は,〇〇銀行の私の口座の暗証番号です」などです.

 では,この意味は獲得したのでしょうか.

 そうではないことはお分かり頂けると思います.

 うです,この意味は自分で与えるものなのです.

 まり,児童が学んだ記憶(エピソードや知識)を概念化させるためには,児童自身が意味を与える操作をしなければならないという事になります.そして,自分にとって重要であると判断できたエピソードや知識は,忘れてはならないのです.

 の図は,記憶想起によってなされる場面を表した図です.女の子が授業後に,記憶に残っているエピソードの場面や学習のまとめが書かれた板書を記憶想起しながら,大切だと考えているシーンです.

 のような事は,これまで文科省の指導要領には明示されていなかったので,現行の教科指導過程では,この手続きを行っていません.つまり,児童が獲得した知識は,即時的に概念化すると考えられていたと言っても過言ではありません.

 もちろん,そんな児童も確かに存在しますが少数です.

 方で,1970年代後半から2000年代前半にかけて海馬の研究が進むにつれて,授業と海馬の生理学的機能をどう結び付け,いかにして海馬を利用すればよいかなど議論がなされたことはありませんでした.

 まり現行の一過性の学習過程では,多くの記憶が学習終了後にほとんど利用されずに消え去り,それ故に概念形成できなかった児童が多かったと考えられます.つまり,45分間の学習内容を記憶想起させるような仕組みが,これまでの授業では用意されていなかったという事になります.

 は,このような現行の一過性の学習過程を消極的な概念形成と呼んでいます.

 方で,本研究での記憶想起を主要な手段として活用する概念形成過程は,学習者によって獲得した知識を,納得を伴う児童の精緻な思考過程により,既存の概念や獲得した知識とを一連の関係としてつなぎ合わせる,言わば積極的な概念形成です

 次回は,海馬の学術的研究成果から考えられる学習法と本研究の仮説のまとめについて説明します.

 今回も丁寧にお読み頂きありがとうございました.

授業における言語コミュニケーションと児童の概念形成:誤概念生成・修正メカニズムの解明に向けて

 正月の能登半島地震で始まった令和6年も,もうすぐ終わりです.

 のブログは,ほぼ10日おきに更新作業を行ってきました.今年は今回で38回目となります.いつもお読み頂き,感謝申し上げます.

 て今回の話題は,博論によればp22~28に書かれている「4. 仮説と方法」の内容です.ここでは,二つの仮説を設定しました.今回は,その内の一つについて説明いたします.

 なお,文中の「児童」は,中学校・高等学校にあっては,生徒と読み替えて下さい.

 仮説①「教師の発話に起因する児童の誤概念は,教師の別の発話やジェスチャーにより修正される.」

 私の博論は,このように「教師の発話」についての仮説を最初に取り上げました.

 それは,様々な事柄の概念が主に言語によって表象されるからです.

 また児童が正しい概念を形成するためには,児童が,授業で交わされる言語を正しく再認する必要があるからです.

 

 の図は,理科の時間に,先生が水に食塩や砂糖などを溶かす実験を行うことを前提として児童に,食塩や砂糖などの発言を期待して発話した数秒間の出来事を絵にしたものです.

 この図の例では,先生の発話する内容と児童が経験した内容やもともと持っていた関連する知識の内容は,言語で表現されています.

 このように記憶の中身については,主に言語によって表象されるのです.

 

 れは前回お示しした目的①「教師の発話による児童の誤概念の形成と修正」に関係しています.

 一般的に,これまでの教育関連の論文等で,「教師の発話」を児童の誤概念形成の原因と考えたものは極めて少なく,むしろ教師の発話は完璧であるとの前提で,様々な議論がなされていたと考えています.

 ぜなら,文科省からの様々な提言等々は,教師の発話を非とする発想がありません

 ですから,「学習の目標や教材について理解し,計画を立て,見通しを持って学習し,その過程や達成状況を評価して次につなげる能力を育成するために,個別最適な学び自己調整して進めることが大切.」などの提言も,全て学習者の行動目標的に規定してあるような表現でした.

 かし,「学習の目標や教材について理解し」について言えば,そもそも理解することが出来ない児童も存在する訳で,その原因も児童の内部的要因だけではないはずであるという議論が存在しても不思議ではありません

 しかし,そのような疑問は切り捨てられて,最近では「個別最適な学び」を実現するための方策や自身の学びをいかにして「自己調整」するかなどのトレンド的な研究内容が多いような気がしています.

 業を含める学校生活を教師と児童児童同士児童自身児童と道具等情報のやり取りと考えると,最も多くの時間になるのは,教師と児童の情報のやり取りです

 その中でも言語音が行き交う発話によるやり取りが,最も多くの時間を要するはずです

 

 前,現場の教員向けの講演会で,大学の先生が檀上に設けられた教室のセットで,数人の児童を相手に「模範授業」なるものを公開されたことがありました.

 しかし,その先生が一生懸命に授業をなさるのですが,発話される言語が児童にとって難しく,上手く行かなかったことを思い出します.

 先生は,ご自身の発話される言語が,児童にとって難しいとは認識されずに,なぜ児童は期待した言語を発話しないのか迷っておられましたが,私は分かっていたので残念な気持ちになりました.

 この例を笑い話としてスルーするのか,研究の一つの素材と考えるかが重要であると言えます.

 ここの研究が上手く行かなければ,今後AIによる教育現場での授業支援等々の問題が出た場合,AIも人間と同じ轍を踏むことになりかねないと危惧しています.

 

 の仮説は,教師の発話によって児童に誤概念が生じたとしても,教師の更なる修正のための発話ジェスチャーにより,誤概念が修正されるだろうというものです

 そらく現場の先生方は,直感的に「できそうだ」とお考えになるのではないでしょうか.

 

 後,教師の発話にフォーカスした実践研究の詳しい中身についてもご紹介いたしますので,続けてこのブログに注目して下さい.

 今回はここまでです.丁寧にお読み頂きありがとうございました.

 

 最後にお願いです.このブログの内容が,教育の現場で活躍されている先生方に有益であるとお考えになる場合,是非とも情報を共有して頂くと,私のやる気につながってきます.

 

 

記憶の糸を紡いで、知識の地図を描く! 知識モデルを活用した学習法~物語を学びに変える! エピソード記憶が概念形成に果たす役割~

 つもお読みいただきありがとうございます.前回は,批判的思考を話題とした内容でしたが,多くの皆様にお読み頂き感謝申し上げます.兵庫県知事選挙についても今後,まだまだ色々とありそうですが,このブログの本来の目的に戻って,皆様にお伝えいたしたいと思います.

 の情報ソースとなっている私の博論は,放送大学リポジトリで,とうとう1年間「最も閲覧されたアイテム」1位をキープし続けました.放送大学という一大学の話ではありますが,多種多様な学内で生み出された多くの論文の中で,博論という非常に厳しい条件をクリアした専門的な論文が,国内外から多数アクセス(4136件)して頂きました.

 て今回は,この博論の「研究目的」についてご説明いたします.と言いましても,もう既に論文は完成しておりますので,これから紹介する目的は全て達成されていることにご留意下さい.

 これまで説明させて頂いたように「確かな学力」とは,児童・生徒が新たに獲得した知識を既存の知識と網目状的に関係づけ,概念化するプロセスを通して初めて身に付けられるものと考えられます.

 た,網目状的な関係とは,学んだ知識の一つ一つが,児童・生徒自身が納得する理由によって,別の知識と意味を持って結びつくことを,児童・生徒自身が自認できる関係の事です.

 

 士論文に限らず一般的に研究論文では,研究の過程でどのようなことを為すのかという目的を書きます.これらの詳細は後々詳しくお伝えいたします.

 

 目的① 教師の発話による児童の誤概念の形成と修正

 単に言えば,授業では教師の発話によって,児童・生徒に誤概念が生じることがあるという事と,それら誤概念は教師の発話によって修正されることもあることを実践的に確かめたという事です

 ぜ言語音に関する内容を研究の最初に設定するかと言えば,児童・生徒が獲得する知識の多くが,教師の発話によってもたらされるからです.

 

 

 目的② 学習により記憶された知識や経験の表象 

 簡単に言えば,獲得した知識を,スキーマにある既存の知識や経験と網目状的に関連付けることを授業中に行うという事です

 童・生徒の学習にとって重要なことは,学習の結果や経験がどのように結びついているかを児童・生徒自身が明らかにできるようにしてやることです.従って,これまでにない新たな学習過程として,記憶を想起させる学習活動を設定し,それは想起した記憶を表象するものです.

 

 

 目的③ 知識モデルによる児童の学習評価 

 単に言えば,目的②で表象されるであろう児童・生徒自身の,その単元もしくは小単元の知識モデルは,彼らの理解を表象したものと考えられることから,学習評価として利用しようということです.

※このマップは以前のものですので,現在の指導要領に合っていない部分があります.なお,「ブラウン運動」については,授業で言及しています.

 

 目的➃ 概念形成におけるエピソード記憶の利用

 単に言えば,獲得した知識を記憶するために,エピソード記憶がどのような働きを為しているかを調査するという事です.

 

 目的⑤ 学習のまとめとして知識モデルを作成することの優位性 

 単に言えば,関連する内容を次々と想起させてつなげていくことで,自分の知識を絵的なつながりや広がりとして確認する知識モデルの表象が,自身の理解の程度を客観的に認識できるということです.

 これは目的③と④のように記憶再生マップを見て頂くと,自分が何をどの様に理解しているかを自認できるという事です.

 

 今回はここまでです.ご質問等にはお答えいたします.

 最後に放送大学のイベント告知です.岩永学長は,私の博士課程時代の主任指導教員です.佐賀にお住いの方で,都合がつかれればご参加下さい.私も参加したいと思います.

 

日本の教育の光と影:批判的思考の欠如が招いた知事選の結果 ~なぜ日本の教育は「疑うこと」を教えないのか?~

 いつもお読みいただきありがとうございます.

 13日に前回の投稿をした後,兵庫県知事選がありましたね.私は政治の専門家ではありませんので,あまり言いたくはないのですが,一部の人たちはSNSの活用で再選につながったようなことを言っているようですが,私はむしろ日本の教育によって彼に勝利がもたらされたと思っています.どういうことかと言えば,T氏の流布した嘘を,兵庫県民が信じてしまったことによる勝利だということです.つまりクリティカルシンキングファクトチェックの問題です.

 前々回で文部科学省も参照しているCCR(The Center for Curriculum Redesign)の図を出しましたが,下の図の赤四角の部分を見て下さい.

 

 21世紀の教育における枠組み(Framework)の中の児童・生徒に身に付けさせたいスキルです.つまり「How we use what we know.=知っている事をどう使うか.」は,上から和訳すると「創造性」「批判的思考」「コミュニケーション」「共同(協働)作業」となります.すなわち,これら4つの能力を培うように提言されている訳です.

 つまり,①創造性を育むような仕掛けを授業に仕組むこと,②目の前の情報を吟味することなしに信じるのではなく,情報の正確さや真実性があるか批判的な目で確かめること,③様々な情報元とやり取りを行うこと,➃自分一人で行うことはもちろん,他と協働しながらも活動することを提言しています.

 

 しかし文科省は,これらを自分(文科省)たちが今まで言ってきた「思考力・判断力・表現力等」と読み替えてしまいました.

 その結果,CCRの具体的な提言が非常にボケたものになってしまったのです.また,現場の学校等では,文科省の指導を受けた教育委員会等の右へ倣い指導により,Critical Thinking=批判的思考」の文字は無くなった訳です.ちなみに,現行の学習指導要領に「批判的思考」の言語は見当たりません.

 私が教員を始めた頃からのことを回想すると,「批判的思考」という考え方は,インターネットが教育界に広まり始めた1990年代初頭から,ちらほらと聞くようになったようです.もちろん,機器や回線の整備等の違いで県によってはもっと後だったところもあるかも知れません.その意図は,「インターネットの情報を鵜吞みにすることは危険である」という教えでした.

 しかしながら,2000年あたりから校内のネット環境が急速に進むにつれて教育現場の興味は,ネット環境をどのように生かしていくかという事がメインとなり,例えばCU-SeeMeなどのテレビ会議ソフトを使った遠隔授業などが盛んに研究されました.

 そして,私の周辺で「批判的思考」という言語が,校内研究や指導主事などの指導で話題になったという記憶はありません.

 このように現行の日本における教育を考えてみますと,従順なる労働者の育成とでも言いますか,物事を批判的に見る思考回路が形成されてこなかったようです

 このようなことから,今でもメディアを賑わしている兵庫県知事選挙での結果は,これまでの日本の教育がもたらしたものだと考えているのです.もちろん,そうでないかも知れませんが,もしそうであれば教育界の責任は大きいと言えそうですね.

 

知識の再構成と内言:記憶想起を通じた深層学習の実現に向けて

 回は,「思考力」という言語のイメージを紹介しましたところ,多くのアクセスを頂き感謝いたしております.

 佐賀大学の角先生にもご説明したところ,「国語や算数など,具体的な事例が欲しい」ということでしたので,最後に少しだけ考えてみたいと思います.

 

 回は,博論のp17 L9~p19 L7までを,簡潔にまとめてみます.

【研究の意義】

①確かな学力の本質は,獲得した知識や既存の知識が連携して新たな知識になることが重要

 

②従って,獲得した知識を概念化するプロセスを学習過程に位置付けることが必要

 

③しかし,児童・生徒が知識を概念化したプロセスは客観性に欠けることもあり,さらに再構成し,他者の納得を得る学習過程も必要

 

④このようなことを為すためには,記憶を想起(再生・再認・再構成)する学習行動を学習過程に位置付ける必要がある

 

⑤実際の授業での記憶想起は,全てが個人的な枠組みの中でなされる必要があり,具体的には,手がかり再生によって単元の学習中に児童・生徒が経験したエピソードや既有の概念を表出して確認するこのような学習はほとんどこれまでなされていなかった.

 

⑥本研究は,ヴィゴツキーの内言観と佐伯胖の「わかる」の解釈に依拠している

 

⑦従って,児童・生徒が知識の獲得を受けて科学的概念に向けて思考するためには,自己中心的ことばを以て思考することが重要となる

 

 を図にすると次のようになります.K1~K10は,スキーマ内の知識です.

      (注) 目のイラストは,思考の目(Eye of Thought)です.

 

 ず,課題(P)を理解した後,スキーマを検索し,関係する知識を探します.説明の都合上,K1とK7を課題に関係する知識としています.

 また,この図は同時に多くの知識が想起されているようになっていますが,基本的には関係のありそうな知識を一つずつ見ていると考えています

 関係すると考えた記憶が一つずつ想起され,順次それらを見ている様子を動画で示すことができなかったので,このような表現にしています.

 らに実際の授業では,教師のどのような発話で記憶想起させるかがポイントとなりそうです.

 

 題と直結する知識K1とK7が,非常に近いところで想起され,新たな知識が生成されることがあります.また,関係のない知識(K1とK7以外)は潜在化します.

 

 単な例で考えてみます.

 直角三角形の面積を考える場合,当然ながら公式はまだ知らないのですから,単位面積(K1)について記憶想起したり,四角形の面積(K7)を記憶想起したりするといったことです.

 

 身の脳内にある直角三角形のイメージの近いところに四角形のイメージを置いて考える場合などが,この図に近いと考えます.実際には,不確かな念頭操作だけでなく,ノートに図形を記述しながらの思考ということになると思われます.

 

 (注)直角三角形の面積を初めて考える児童の脳内イメージです.矢印は脳内で,思考の目が記憶想起した知識を見ていることを示しています.

 

 のような記憶想起を起こさせるためには,教師側からの適切な発話が必須となります.

 例えば,

 「これまで勉強したことで,直角三角形の面積を求めるために使えそうな内容は,何かありますか.」・・・・(a)

 「四角形の面積を求める公式は,直角三角形の面積を求める時に使えそうですか.」・・・・(b)

 「直角三角形の面積は,どうしたら求められるでしょうか.」・・・・(c) 

 など,色々と考えられます.

 このなかで児童が一番苦労するのは,(c)ですし,脳内に関係するイメージが比較的楽に記憶想起されるのは,(b)です.

 童がどうしても自力で解決策を発想することが必要だと考えられる場合は,(c)のように発話すればよいですし,記憶想起させた内容と課題との関係性を重視させたい場合は,「四角形の面積の公式を使ってみたらどうか」と助言するのもありでしょう.

 

 ずれにしても,このように既存の知識と獲得した知識を関係づける思考を行わせるには,授業において常に記憶想起をさせるように指導の中身を考える必要があります